天神さんにお礼詣り
- 2020.08.23
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三光門に入る手前右手にある石灯籠。
江戸時代、「大黒屋」さんを中心とする質屋さんの組合によって奉献されました。
“口に小石をのせて落ちなければ、その小石を財布に入れて祈るとお金に困らない”とか。
今では、「落ちない」ことから、受験生にも知られるようになりました。
ただし、
去年、長女と来た時よりも大黒さんの口の中に小石が入りにくくなっていた?ような。
去年、写真で撮ったのですが、暗くて見えなかった三光門の太陽(中央の赤い丸)です。
反対側には黄色い月が。
「星欠けの三光門」です。
平安京内裏から見て、天神さんの上空には北極星が輝いているため、門には星がないとされます。
「大福梅」が本殿左手に干してありました。
天神さんが見守ってくれるのでご利益ありそうです。
本殿です。
菅原道真公、
正室の島田宣来子(しまだののぶきこ 850~? 父は道真の師の1人)、
長男・菅原高視(すがわらのたかみ 876~913)
が祀られています。
宣来子は夫の左遷後、京都に留まったとされますが消息は不明です。
岩手県一関市に子供たちと落ち延びた伝承があり、お墓もあるようです。
高視は父に連座して土佐に左遷されますが5年後に許されて帰京。
従五位下に叙せられますが38歳で病死します。
道真公には宣来子の他にもたくさんの妻がおり、生母不明の子女は20名以上と子沢山でした。
なお、高視の子孫は中央貴族として、
高辻、唐橋、五条、および、五条家庶流として東坊城、清岡、桑原家が誕生しました。
なお、現在、大宰府天満宮の社家は、明治時代に高辻家から分かれた西高辻が担っています。
本殿左横から。
本殿、拝殿の間に「石の間」があり、
拝殿の左右には「楽の間」があり、八棟造と称される複雑な屋根の構造になっています。
1607(慶長12)年、豊臣秀吉の三男・豊臣秀頼(1593~1615)が再建しました。
本殿の背部、北西の方向に境内で最古と云われる”一願成就の牛さん”が鎮座しています。
撫でられ過ぎて顔がすり減っていました。
この石の牛さんが”陽石”、
近くにある亀石さんが”陰石”、
両方をお参りすることによってパワーを授けてもらえるとか。
ただし、亀石さんの周囲には注連縄があり、神さまの領域ですので、撫でることのないように。
それにしてもすごい数の合格祈願の絵馬です。
孫ちゃんもここで絵馬を奉納し、合格したのでかなりのご利益がありそうです。
「大の字」の花手水。
冷たい水にほっこり。
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