💫ばあばのひとり旅…上野⑨上野輪王寺(開山堂)

寛永寺から上野駅に向かう途中に、








両大師を祀る輪王寺(開山堂)がありました。 




※両大師とは…         




慈恵大師、元三大師・良源(912〜985)→強い霊力を持つ平安時代の僧侶。            




慈眼大師・天海(1536〜1643 108歳 福島会津の豪族出身)








幕末まで両大師の画像が寛永寺の子院をめぐることが行われ、10/1に戻り、翌日の天海僧正の命日には本坊から輪王寺宮が輿に乗り、一山住職とともに盛大なお練りを行う大法要には多くの庶民が見物したと云われます。








三代目の「御所返しの桜」です。 1本の木に一重と八重の淡紅色の花が同時に咲きます。




第108代後水尾天皇皇の第6皇子・守澄法親王(しゅちょうほっしんのう 1634〜1680)が寛永寺の第3代貫主および日光山貫主、天台座主となり、とその縁で植樹されたと伝わります。     








1655年に朝廷より日光山に対して「輪王寺」号が与えられ、これより輪王寺宮門跡が始まり、




戊辰戦争後は15世公現法親王(こうげんほっしんのう 1847〜1895  伏見宮邦家親王第9 王子 北白川宮能久 親王)が最後の輪王寺宮となり廃絶となりました。








谷中にあった幸田露伴(1867〜1949)旧宅の門を移築したと説明板にありました。         




代表作の「五重塔(1893)」の主人公は現寛永寺根本中堂を手がけた大工の棟梁がモデルと云われます。




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