京都五山送り火2021 -YBS京都より-
- 2021.08.21
- 未分類
送り火の起源については諸説あり、
「大文字」の場合、
①大火に見舞われた浄土寺のご本尊が山上に飛翔して放った光明をまねて空海が始めた
②足利義政が嫡男・義尚の菩提を弔う目的で相国寺の和尚に依頼するが翌年に義政も死去したために1年しかともらなかった!
③江戸初期の公家・近衛信尹が始めた
といった説があります。
送り火が文献に登場するのは江戸時代の1603年に公家・舟橋秀賢が書いた日記「慶長日件録」とか。
※ばあばのつぶやき→空海さんが始めたのなら枕草子に記載がありそうな?
8月16日、
午後8:00 左大文字から始まり、5分後に妙法が同時に点火され、以降、5分毎に船形→左大文字→鳥居形と続きます。
「妙法」は字体が異なります。
「大文字」は例年の十分の一の人数⇒30人で点火が行われました。
1画目の右端がなかなか点火せずハラハラして見てました。
妙法はわかりづらいですが…左側と右側の1番高いオレンジがかった火です。
日蓮宗のお題目”南無妙法蓮華経”の「妙法」です。
妙が先にあり、左に山がなかったために仕方なく右に法をもってきたとされます。
「船形」は麓の西方寺の檀家により護られています。
金閣寺大北山の左大文字は文字を書くがごとく点火していきます。
年に1回、この世に帰ってきたご先祖さんをあの世に送り出す宗教行事に何故か神社の鳥居?
「鳥居形」は近くの愛宕山の一の鳥居を真似たとされ、神仏習合の名残りです。
江戸時代には鳴滝の「一」、北嵯峨の「蛇」などがあったようですが次第に姿を消していきました。
追伸→タイトルですがYBSではなくKBSです。すみません😅
-
前の記事
寂光寺→囲碁・第一世本因坊算砂旧跡 2021.08.18
-
次の記事
この一週間56(8/15〜21) 2021.08.22