京都霊山護国神社…龍馬の墓

東山安井下車。








舗装されたゆるやかな道”維新の道”を、




霊山観音




しばらく歩き、








その突き当たりを左へすぐ、








「京都霊山護国神社」があります。




「当神社は幕末維新に殉じた志士と大東亜戦争にいたる京都府出身の英霊七万三千十一柱奉祀する」と駒札に書かれていました。




※大東亜戦争…1941年12月から1945年8月までの間、アメリカやイギリスを中心とする連合国と日本との間で戦われた戦争で第2次世界大戦に含まれます。








女性の方が参拝されていました




本殿前のローソク




100円入れると下の左から4番目の電気がつきました




手を合わせてから、








ここまで来たら、坂本龍馬、中岡慎太郎の墓へと。




護国神社本殿の右手から300円払って、








はいりました。




この墓地には1356柱の志士が眠ります。




入口から10分ほど歩いたでしょうか




この日は3組のグループが訪れていました








この像の左手に坂本龍馬(1836~1867 32歳)と中岡慎太郎(1838~1867 30歳)のお墓があります




1867年12月10日(慶応3年11月15日)に醤油商・近江屋で坂本龍馬、中岡慎太郎ともに暗殺されました(中岡慎太郎は11月17日夕刻に死去)。




暗殺者は京都見廻組との説が有力です。




※京都見廻組は主に京都御所や二条城周辺を管轄として、旗本の次男、三男で剣術に秀でた者で構成された組織→ばあばは新選組と区別がつきませんでした。








さらに階段を上がっていくと、








桂小五郎・幾松のりっぱな墓所がありました。




「容姿端麗にして神道無念流の達人とあり、一生人を斬ったことがないと言われる…志士たちの最後は悲劇に終わる中、明治10年、45歳で病没するまで陽のあたる道を歩んだ幸運児とも言える」ー駒札より要約ー







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