白いお猿さん…猿田彦神社

今日は9月20日。60日に1回巡ってくる庚申(こうしん/かのえさる)の日です。2019年には1/23、3/24、5/23、7/22、9/20、11/19と6日あります。
「庚申信仰(こうしんしんこう)」は奈良時代に伝わりました。「庚申」の日の夜に人が眠りに就くと体内に住む「さんし」と呼ばれる三匹の虫が身体から抜け出し、その人の悪行を「司命道人(寿命を司る神様)」に報告して寿命を縮めました(大きな悪事を働くと300日。小さいものでも3日寿命を縮めるとされました)。ただし、その人が徹夜して起きていれば「さんし」が報告に行くことができないので庚申の夜は身を慎んで徹夜をする信仰が生まれました。最初は貴族の間で盛んでしたが時代を経て仏教、修験道、神道などが入り混じり、特に江戸時代には庶民の間でも広まって村落全体で酒盛りをし、一夜を明かす風習が生まれました(娯楽の少なかった時代の楽しみだったかもしれません)。



猿田彦神社は天神川三条にあり、八坂の庚申堂、粟田口庚申堂(尊勝院)とともに「京都三庚申」のひとつとして山ノ内庚申と呼ばれています。
村人が集まり、「猿田彦大神」や「青面金剛」の軸を掛け、七種の供物を捧げて夜を明かして「万福招来」を祈願しました(庚申待 庚申講)。特に新年初めての庚申日には護摩炊きも行われています。
その庚申日なのに…私も含めて3名しか参拝してませんでした。
「猿田彦神社」の創建の年代は不祥ですが天台宗の開祖・最澄(767〜822 56歳)が猿田彦大神を祀った事が始まりとされます。もとの場所は現在地より少し北にある太秦安井松本町にあり、愛宕山詣りをする人々が滝に打たれて身を清めたという霊場で1885(明治18)年に現在地に遷座されました。
ご祭神の猿田彦大神はアマテラスオオミカミの孫・ニニギノミコトの天孫降臨の時に道案内した神様です。第88代後嵯峨天皇(1220〜1272 53歳)の行幸の際にも猿田彦が現れ道案内を務めたとされ、天皇の命で社殿が建立されました。
ご利益は「開運厄除」「家内安全」です。
まずは、御幣をかかげた白いお猿さんが迎えてくれました(神使いは猿のようです)。



本殿の右手には稲荷神社と秋葉大明神(火伏せの神様)が祀られていました。



本殿です。いたる所にお猿さんが鎮座しています。





本殿左手には聖観音菩薩、不動明王(中央)、延命地蔵大菩薩(赤い前掛けをしてます)が控え目?にお祀りされていました。



樹齢700年の庚申楠です。今から700年前は鎌倉時代…ですか。

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