節分前の吉田神社…その1
- 2020.02.02
- 未分類
北へ直ぐの道を入り、吉田山(標高102m)に向かって歩くと
左手に京都大学の時計台が見えてきました。さらに進むと参道に到着。
参道が比較的広いためか、両端とさらに真ん中にも出店がありました。
わかりにくいですが、奥が本殿です。
ご祭神は、
【第一殿】 建御賀豆知命(たけみかづちのみこと)→天照大御神の命をうけ、降臨して出雲の国を支配していた大国主神と国譲りの談判をした神様です。
国を譲り受けたあとも諸国を平定。
厄除け・開運の神様です。
【第二殿】 伊波比主命(いはいぬしのみこと 経津主命)→建御賀豆知命とともに国譲りの談判をした神様
厄除け・開運の神様です。
【第三殿】 天之子八根命(あめのこやねのみこと)→天孫降臨の際に瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に随伴して、高天原より降り立ち、中臣連の祖となります。
学問の神様です。
【第四殿】 比売神(ひめかみ)→女性守護天之子八根命とは夫婦神で、良縁や夫婦和合をもたらしてくれます。
たくさんのお守りが授与されます。
調べると「節分厄除け詣り発祥の地」とありました。
本殿左手に自然と目が…。
大島紬の着物にトヨタの車(171万)。
自転車に清酒に食事招待券や旅行券、お菓子や漬物諸々。京都中の会社が提供してるのではと思う程の賞品の数々(ビニールごしで見にくいてすが)。
300円で豪華賞品の当たる抽選券付き福豆が買えます。
抽選は2/4 午後1時~です。
吉田神社の創建は859(貞観元)年に中納言・藤原山蔭(824〜888)が藤原一門の氏神として奈良の春日大社の四神(前述)を勧請したのが始まりとされています。
2/2 午後6時から行われる追儺式は平安時代から宮中で行われた「鬼やらい」の古式にのっとり、青、赤、黄色の3匹の鬼が方相氏に追い詰められ退散していく儀式です。
※方相氏…もともとは中国の官名。宮中で追儺の時、鬼を払う役。黄金の四つ目のお面をかぶり、黒い衣に朱の裳を着て、矛と盾を持ち、内裏の四つの門を回って鬼を追い出しました。
また、葬送の時には棺を乗せた車の先導もしました。
京都ばあばも40年前に1回だけ節分に参拝しただけです(追儺式を見たような…)。
-
前の記事
梅と野菜ランチ…梅小路公園 2020.02.01
-
次の記事
須賀神社の懸想文 2020.02.03