青蓮院門跡にて
- 2024.11.27
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混雑のために永観堂をあきらめ、三条通をブラブラ、
現在、1日地下鉄・バス券460円/1,100円使用
そこで入ったのが青蓮院門跡。
親鸞上人がお手植えされたと伝わる樹齢800年のクスノキが迎えてくれました。

青蓮院は天台宗寺院で「天明の大火(1788年)」の際に第117代後桜町天皇(1740〜1813 74歳)が仮御所として避難された寺院です。
※後桜町天皇は明正天皇以来119年ぶりの女帝で最後の女性天皇です。
天明の大火(1788年 団栗焼け)は京都で発生した最大規模の火災で、天明8年1月30日に鴨川東側の宮川町の民家から出火(一説では空き家への放火)し、京都市街の8割が焼失。


この日は外人の団体さん他拝観者も少なく、ゆつたりとした時間が流れました。

この寺では浄土真宗を開いた親鸞上人が慈円のもとで得度(僧侶となるための出家の儀式)。

親鸞上人こと日野範宴(1173〜1263 91歳)は現・伏見区日野で日野有範の長男として出生。
9歳で青蓮院に入りますが、こんな逸話が残っています。

慈円が得度を翌日に延期しようとしますが、範宴は、
「明日ありと思う心の仇姿、夜半に嵐の吹かぬものかは」
と詠んだとされます。
※親鸞上人が9歳で出家した1181年前後は「養和の飢饉」があり、洛中の死者は4万人以上(方丈記)とされ、源氏と平氏の争乱のさなかの飢饉でもあり、西日本一帯が飢えに苦しんだ時代でした。

尚、青蓮院の御本尊は「熾盛光如来(しじょうこうにょらい)曼荼羅」であり、2メートル四方の掛け軸で中心に熾盛光如来を表す種子(仏さまを表す梵字)が描かれています。
400年前に秀吉により復元作成されたと伝わります。
また、青蓮院には日本三大不動のひとつ、
青不動の「不動明王二童子像」が有名ですが、現在、将軍塚青龍殿に安置されています(通常は非公開)。
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