流れ橋へ。
- 2020.07.26
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JR三山木駅→みやまきえき近くにありました。
あっさりめの昼ごはんです。昼後は木津川に架かる「流れ橋」へ。
「やわた流れ橋交流プラザ」から、標識に沿って進みます
「上津屋橋(こうづやばし)」=通称”流れ橋”は時代劇にしばしば登場し、時代劇全盛期には年24回のロケ地となった記録があります。
まだかまだかと思いつつ、堤防が見えてきました。
流れ橋は昭和28年、府職員・徳田敏夫氏(当時27歳。のち、3代目宮津市長 1925~2015)によって設計されました。
それまでは久御山町と八幡市を”渡し船”で行き来していました。
周囲は日本遺産「日本茶800年の歴史散歩」に認定され、茶畑が拡がっていました。
2019年10月12日の台風19号で23回目の流出。今年の4月に復旧したばかりです。
流れ橋が流出すると500m下流の新木津川大橋まで迂回しなければなりません。(新木津川大橋が開通するまで数km離れた別の橋へ迂回!)
流出を繰り返し、復旧のため数千万単位の費用がかかることから→「税金を木津川に流しているようなものだ。」との批判がありました。
※2014、5/13付日本経済新聞によればこの時の改修工事には3600万円要して国と京都府が負担しました。
そこで「上津屋橋あり方検討委員会」が設立され、また、意見の公募等が重ねられ、
8割が景観を維持したままとの要望を受け、
従来の構造のままに75m嵩上げして復旧する事が決定。
5年に1度の流出を想定し橋脚もコンクリート製主体となりました。
流れ橋は皮の水位が橋板に達すると橋脚を残し、橋板のみ流れ、
水が引けばワイヤーロープにつながれた橋板を手繰り寄せて再び橋脚に乗せる仕組みです。
全長356.5m、幅3.3m、手すりも街灯もありません。
なかなか風情があります。
もしも、鍵付きの箱が用意されていたら、改修費用の一部(わずかですが…。)にとワンコインを箱に入れたくなりました。
交流プラザで国産のタケノコが191円で売っていたので3袋買いました。【追伸】
木津川の源流が三重県坂下(東海道五十三次坂下宿付近)にあることを初めて知りました。
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