梨木神社その1…萩の神社

京都御苑東側「清和院御門」から出るとすぐ、



「梨木神社(なしのきじんじゃ)」があります。

参道にはどかん?とマンションが建っています。

社殿の修復等の資金集めに苦慮した神社は、

マンション開発業者に60年の定期借地権(契約終了後は更新できない)で貸し、その賃貸料を修復費用に充てることとしますが、

その計画が神社本庁の承認を得られなかった事から

神社本庁を離脱したとありました。

あと、50余年後はどうなるのでしょうか?



気を取り直して?、左手の道から境内に入ります。途中、



晩年、この付近に住んでいた「雨月物語」の作者・上田秋成(うえだあきなり   1734〜1809)の句碑がありました。

二の鳥居から本殿まではまっすぐに参道がのびています。

参道の両脇で萩が迎えてくれます(境内には萩が500株あるとか)。

が、この日は殆ど咲き終わっていました。残念!です。



鳥居の近くには、神社のすぐ近くで少年時代を過ごした、

湯川秀樹(1907〜1981 昭和24年に日本で初めて”中間子理論”でノーベル物理学賞受賞)氏の句碑も立っていました。



京都市は源氏物語が記録に現れた年から1000年を迎えた、

2008年11月1日を”古典の日”と宣言。

同時に源氏物語ゆかりの地⇒
40ヶ所に説明板を設置しました。



1000年目の根拠として、

土御門殿で催された敦成親王(のちの第68代後一条天皇)誕生後の五十日の祝いの宴席で、藤原公任(ふじわらのきんとう 966〜1041)が、

「あなかしこ、このわたりにわかむらさきやさふらふ(恐れ入りますがこの辺りに若紫はおられませんか)」と

酔態で戯れに尋ねた場面が、

「紫式部日記」の1008(寛弘5)年11月1日(旧暦)に登場します。

若紫は源氏物語の登場人物であることから、この記述は源氏物語が歴史上初めて記録された事を根拠としています。

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