朱雀大路の末路

以前、「堀川通の七不思議」のブログの中で、堀川五条辺り東側を探しても見つけられずあきらめましたが、今日は見つけました。



堀川五条下ル、右手、京都東急ホテル南へすぐ、「佐女牛井之跡」です。

平安時代に源頼義(988~1075 88歳!河内源氏2代目。源頼朝、足利尊氏の祖先)の六条堀川邸内にあった井戸と伝わります。

千利休らに好んで使われますが、荒廃と再興を繰り返し、空襲に備えた堀川通の拡張工事で完全に消滅します。

佐女牛井之跡から、



五条千本通へ。

千本通は平安時代の「朱雀大路(すざくおおじ)」にあたります。

当時、平安京の中心的大路で幅84m、南北4㎞に及んだとされます。



しかし、都が東へ移っていくにつれ、



かつての大路は耕作地や牛の放牧地になっていきました。



七条新千本通付近です。

「朱雀裏畑町」

その名残りが地名に残っていました。

【追伸】

7/23は海の日、24はスポーツの日と連休が続いているので疑問に思っていたのですが、

東京オリンピックの開会式が7/23だったんですね(~8/8まで)。

ばあばはすっかり忘れてました😆。

こちらもよろしくお願いします↓

にほんブログ村 旅行ブログ 京都旅行へ
にほんブログ村

京都ばあばイチ押し!京都観光のガイドブック