大文字寺…浄土院
- 2021.08.05
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銀閣寺の北隣に、

「浄土院」があります。

創建は不明ですが、この地には浄土寺(のち廃絶)と呼ばれた天台宗のお寺がありましたが、東山殿(銀閣寺)の造営に際し、相国寺の西に移されました。

その跡地に残された草堂。泰誉浄久(たいよじょうきゅう)が浄土宗の寺として復興しました。

8月16日、五山送り火のひとつ”大文字”を管理することから「大文字寺」と呼ばれ、送り火の日には、山上の弘法大師前で歴代住職により読経があげられています。

境内の南西には、

十二単衣の女官と思われる人形が…。何故、ここにと調べましたがわかりませんでした。
本堂には浄土寺にあったと思われる阿弥陀如来坐像が安置されているとか。
平安時代末期には広大な寺域があり、後白河法皇(1127〜1192 第77代天皇 在位1155〜1158)の寵妃・丹後局の山荘と持仏堂があったとされ、

鎌倉時代以後、皇室との関係を深め、近衛家とも親しく、門跡寺院として多数の僧が入寺したと伝わりますが応仁の乱で焼失し草堂のみ残されました。

丹後局こと高階栄子(たかしなのえいし 1151?〜1216?)は美しく、後白河法皇の第六皇女・覲子内親王(きんしないしんのう 1181〜1252)を生みます。
平清盛死去を契機に政治に介入。平氏没落後の鎌倉幕府との折衝などに力をふるい、その権勢は唐の楊貴妃にたとえられました。
後年、朝廷から去り、亡き夫・業房の所領があった浄土寺に住み、浄土寺二位尼と呼ばれました。
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